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ーーー婚姻制度に対する問題提起|||

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(1)

「琵琶伝』

に見る鏡花の恋愛至上主義

ーーー 婚姻制度に対する問題提起 |||

はじめに

二年前に『琵琶伝』を扱い

「夢

・幻 想」

の観点から鵬鵡の登場による効果を考察し、『琵琶伝』

は「

観念小説

一」であることを論じようと試みた。今回はその逆で『琵琶伝』は 一」ではなく「幻想小説

「幻

想小説」ではないという論を進めていきたいと思う。「大衆と国家」

「家

族と親族」などの観点から、社会の状況、婚姻制度

や鏡

花の恋愛・結婚観について見ていくことを通して『琵琶伝』における主題とは一

体何であるのかを考察したい。

『琵琶伝』の解釈とその変遷

『琵琶伝』は尾崎紅葉の『やまと昭

君』

一一を先行作品としでかかれた小説である。その他、

中国

の『琵琶行』凶『琵琶記』五も先行作品であり、王昭君の故事六からも影響を受けている。『琵琶伝』の発表後、この作品がどのように受け入れられ解釈されてきたか、その

中 裕 理

変遷を最初に見ていくこととする。一八

九五

(明治

二十

八) 年五月に発表された『夜行巡査』が鏡花の文壇出世作である。発表当時は日清戦争の影響で近代東京は初めて

資本

制の下での都会的貧困を経験していたという社会背景があり、社会と人間の暗黒面をえぐりだす新思想を叫ぶ作家出現、という形で鏡花は文壇に迎えられた。しかし「観念小説の作家」として文壇に認知されるということは、鏡花にとっては不本意なこと七だったようである。『琵琶伝』は一八九

六年

の発表当時はあまり良い評価を得られていなかったようである。「青年文八」では奇怪なるロマンティシズムに将来を期待するといった趣旨の評価が書かれたものの、

一方「帝

国文学

九」

では奇怪すぎてほら吹きの幽霊話のようであるため、出来そこないの作であるとの酷評を受けている。これはこの作品が、妻が夫の咽喉を食い破るという奇怪すぎる話であるために読者がついていけず、評価が悪かったのではないかと考える。その後一九九O

小説としての要素を読みとり 頃までの先行研究などでは『琵琶伝』から反戦

「観

念小説」として解釈を進めている論文が多く見られる。事実『海域発電』と『琵琶伝』は反軍反戦的

Fhυ 可『ム

(2)

な内容とみなされ、鏡花没後一九四O(昭和十五)年から一九四二(昭

和十

七)年にかけて刊行された岩波書庖版「鏡花全集」には収録されなかった。『琵琶伝』は結婚制度について読者の胸に鋭く因習打破の叫びを投げかけた観念小説である、との論を展開する研究が見られるようになる。現在では

「幻

想小説」として作品を読み解く論文が多く、それが

一般 的であるようである。脇氏は、幻想的な文体が内容を追い越し

何かを言おうとしているのが「鏡花世界」であると述べている。

一O

上記の先行研究の変遷などをふまえてみても、現在『琵琶伝』は幻想小説であるとの見方が一般的である。しかしこの作品にも他の観念小説の作品と同じように、当時の社会に対する鏡花の見解が含まれているはずである。次の章からは、鏡花の独特の作風である幻想・怪奇小説の手法をとっているために一読では分かりにくくなっている作品の根底にある主張とは一体何だったのかを見ていきたい。

反戦的な風刺小説としての一側面

『海城発電二』と『琵琶伝』は反軍反戦的な内容とみなされ、鏡花没後の一九四O(昭和十五)年から一九四二(昭和十七)年にかけて刊行された岩波書盾版「鏡花全集」には収録されなかったという経緯がある。この章では、『琵琶伝』のどのあたりが反軍・反戦的であるのか、また鏡花は

反軍・反戦

を訴えたかったのかどうかを考えたい。作中には戦争に関連のある描写がいくつも出てくる。以下に戦争に関連のある描写をいくつか引用し、考察をしていくこととする。 謙三郎もまた我国徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に

一度

聯隊に入営せしが、

其 月

其日の翌日は、旅団戦地に発するとて、親戚父兄の心を察し、

一日

の出営を許

されたる(中略)永き離別を惜まむため、朝来こ〉に来り居り、(中略)帰営の時刻迫りたれば

日清戦争時多くの一般人が招

集さ

,れた。謙三郎もその一人であり、翌日から戦地へ向かうことになっていた。生きて帰れないだろうという思いもここから読みとれる。

「(略)お前、軍に行くといふ人に他に願があるものかね。」

「は

、脱営でも何でもおし。(中略)」「何、私の身は何うならうと、名誉も何も構ひませんが、其では、其では、国民たる義務が欠け

ますから。」(中略)叔母「何が欠けようとも構はないよ。何が何でも可いんだから、これ唯た一目、後生だ。頼む。逢って行っ

てやっておくれ。」(中略)

謙「

可うございます。何とでもいたして舵と逢って参りませう。」

- 16-

ここには戦地に行く側と残される側の感覚の違いが表れている。謙三郎はお通に会う事を叔母に懇願され、国民としての社会への義務か、愛を貫いて脱営するかでゆれる。しかし考えてみれば叔母もなかなか勝手な事を言っていると思うのだが、戦地へ行っても脱営をしても、どちらを選んでもどのみち死ぬのだからという考えからだろうか。

(3)

脱営をなすったツて。もう、お前も知ってる通り、今朝ツから何の位、おしらベが来たか知れないもの、おつかまりなさりゃ其 ツ切きりぢゃあ無いか。

脱営を選びお通に会いに来た謙三郎に会わせてほしいと、見張り役伝内に頼む際のお通の言

葉で

ある。脱営すれば厳しい処分があることは皆周知の事実。それでも命を賭して逢いに行く謙三郎の姿を描いているが、これは戦時中の制度への抗議ともとれるのではないだろうか。

銃剣一閃し、閣を切って、

「許

せ!」といふ声もろとも、咽喉に白刃を刺されしま与、伝内はハタと僅れぬ。

先行作品である『やまと昭君』に出てくる武器は刀だが、『琵琶伝』で出る武器はすべて銃である。この場面では銃剣を使用しており、作中では銃で何人も人が死んでいる。この場面で謙三郎は

「愛」

を言い訳に伝内を殺すが、「大義名分」のために行う戦争と構図が重なって見える。

武歩忽ち正下に起りて、

一中

隊の兵員あり。樺色コの囚徒の服来たる一個の縄付一一一を挟みて限界近くなりけるにぞ

、お

通は心から見るともなしに、ふと其囚徒を見るや否

や、

座右の良人を流目にかけっ。嘗て「何うするか見ろ」と良人がいひし、それは、すなはちこれなりよ。お通は十字架を一目みてしだに、なほ且つ震ひをの与ける先の状には引変えて、見る/\囚徒が 面縛され、射手の第

一、

第二弾、第三射撃の響と与もに、囚徒が固く喰ひしぼれる唇を洩る鮮血の、細く、長く其胸聞に垂れ

たるまで(中略)銃殺全く執行されて、硝畑の香の失せたるまで

上記は謙三郎処刑の日の回想シlンである。囚人の服を着せられて縛られ、パンパンパンと三発撃たれて処刑される様子が描かれている。銃殺後の謙三郎の血の滴る様子が目に見えるようで、とても痛ましい。先行作品の『やまと昭君』では妻だけが万で切り殺されるが、対する『琵琶伝』では戦争に関わる描写が多く、恋人も殺される。この残虐な処刑をお通に見せているこのシlンは日中戦争時

の旅順虐殺事件一四の風刺なのではないかと考えた。

幻想小説と解釈される『琵琶伝』において、この謙三郎の処刑場面はとても残虐で現実的である。お通が咽喉を喰い破って死ぬ幻想的な結末に比べ、謙三郎の死に方は戦時中の社会を反映した現実性が感じられる。縛られて銃殺されて血を流す凄惨な描写は日清戦争時の旅順虐殺事件を連想させるこの処刑場面には、反戦の意もこめられているのではないか。『琵琶伝』には反軍・反戦の風刺の

「観

念小説」としての一側面は確かにあると思われる。しかし物語の奇怪さにのまれてしまい、少々軍事的な要素が目につきにくくなっている印象を受ける。『琵琶伝』の執筆がちょうど日清戦争直後であったため、鏡花の戦争に対する思いが作品に組み込まれてはいるだろうが、これだけでは鏡花

『琵琶伝』で反戦を訴えたかったのだとは言い切れない

。時

期的なものもあいまって、反戦的な内容を含んでいるという一側面を持った作品ではあるが、主題はもっと他のことなのではないだろうか。

ウt司1よ

(4)

キリスト教との関連性

鏡花は十二歳から十五歳までの四年間、故郷の金沢でミッション

スクールに通っている。学校の名は

「真

愛学校」

、「北

陸英和学校一五」の前身である。この学校と鏡花の生家はとても近く子供の足でも十分はかからない距離二ハであった。なぜ真愛学校に入学することになったのか。同つ目は鏡花の家の向かいに真愛学校校長一七が開くキリスト教の講義所があったこと、二つ目は校長の妹で外国人教師のミス・ポlトル

一八との出会い、大きな要因はこの

二 洗礼の一が、歩前まできていたかもしれないと村松氏は指摘してい 四高受験を目指した鏡花は学校を中退する学する生徒も多かった。 現在の金沢大学に当たる四高受験のために入立された私立学校で、 校は布教の一手段として、英文と漢文の教科を習得させる目的で設 つである。真愛学

る 一九。

この学校で鏡花はキリスト教精神を学び、学校の名の由来ともなった「真実の愛に生きる心」という精神は、『名媛記一

思われる描写を抜き出して考察していくこととする。 ではここからは『琵琶伝』本文中からキリスト教と関連があると な作品に生きているのである。 巻て一』i『誓之巻』『町双六一て』『海城発電』『外科室二一』など様々 -O』『一之

こ〉ぞ陸軍の所轄に属する埋葬地の辺なりける。銃殺されし謙三郎もまた葬られて此処にあり。彼夜、(中略)意中の人は捕縛されつ。(中略)小高き正に上りしほどに、

不図

足下に平地ありて公房一円

十町

余、其一端には新しき十字架ありて建てるを見たり。 嘗て「何うするか見ろ」と良人がいひし、それは、すなはちこれなりよ。お通は

十字

架を一目みてしだに、なほ且つ震ひを

の〉ける先の状には引変えて、見る/\囚徒が面縛一凶され、(略)

脱営した謙三郎は銃殺され、その後陸軍墓地一五に埋葬された。ここまではよいのだが、問題はなぜ墓に十字架がたつているかである。日清戦争時の陸軍墓地は火葬して埋葬することになっていたはずだが、十字架があるということは土葬をしていることになる。たとえ火葬になったのが都市の主要な陸軍墓地だけで、『琵琶伝』の舞台の地の陸軍墓地が土葬であったとしても、国の管轄にある陸軍墓地に西洋の宗教であるキリスト教の

十字

架がたつていることには少々違和感を感じる。普通なら石の墓石か木の墓標が順当なところだろう。

「幻

想小説」としての奇怪さや怖さを増長させたいのならば日本式の方が効果は高いのではないだろうか。それなのに鏡花はなぜ謙三郎の墓に十字架をたてる描写をしたのであろうか。思いつく理由は以下の通りである。同つ目は陸軍墓地のは墓標は日本式のものでなくてもよく自由であったから。二つ目は日清戦争から陸軍墓地では土葬から火葬になったことを鏡花は知らなかったから。三つ目は、キリスト教の教えを学んでいる鏡花だからこそ、謙三郎の墓の描写をするにあたり、救済や罪からの解放の意味を込めるために、あえて墓標や墓石ではなく十字架を作中にとりいれたから、である。理由はおそらく三つ目であろうと推察される。鏡花は故郷の金沢で十

その学窓生活が人間形成や文学思想に影響を与えている。鏡花は作 歳から十五歳までの四年間をミッションスクールで学んでおり、

。。可Eよ

(5)

中にキリスト教の思想が見られる小説をいくつも書いている一六ことから、この作品もその例外ではなかったととらえてよいのではないだろうか。

お通は

十字

架を一目みてしだに、なほ且つ震ひをの〉ける先の状には引変えて、見る/\囚徒が面縛され、射手の第

一、

第二弾、第三射撃の響と〉もに、囚徒が固く喰ひしぼれる唇を洩

る鮮血の、細く、長く其胸聞に垂れたるまで、(中略)銃殺全く執行されて、硝畑の香の失せたるまで(略)

上記の謙三郎処刑の場面に出てくる十字架は①の苦難や死・罪からの解放としての意味に該当するだろう。これから死ぬことを比喰的に読者に伝えるためだけに十字架を登場させたのではなく、死をもって謙三郎の魂は殺人というこの世の罪や決して成就することのない恋の苦しみから解放され、天国で救済されることを暗示しているのではないか。このキリスト教的救済という点に関して、若桑み

どり氏は以下のように指摘している三七。

私はま

た「

外科室」の末尾の一句を極めてプロテスタント的なものと受け取

る。

「語を寄す、天下の宗教家、渠等

二 語句である。この世では夫ある者を恋する ありて、天に行くことを得ざるべきか。」これが外科室の末尾の 人は罪悪

、夫

ある身で人を恋するは「罪」であろうが、死んでまことをつらぬく

人の愛を、

「神」

はよしとするであろう。プロテスタントにとって、神が何を罰し、何を許すかは、この世のロジックにあてはまらない。 「神よ、いと自らをいやしめる罪人と、心おごれる善人と、いずれが天に迎えらるるや?」と叫んだのは、魂の救済について思い悩み、宗教改革に心惹かれたミケランジェロであった。カソリックは、この世の提にしたがえば天国に行くのであったが、プロテスタントは、ただ神を愛する心ふかく、信ずることの熱きもののみが、救済されうるのである。その場合、心がまっすぐで、雑念なく、ひたむきなものが、たとえ人を殺すほどのこの世の罪を犯しても、なお、いっそう神に近いのである。

上記の論文の引用箇所は『外科室』に関する指摘だが、これは『琵琶伝』にもあてはまる。夫の近藤重隆や社会・世間的にみれば、「夫ある者を恋する」謙三郎と「夫ある身で人を恋する」お通、この二人の行為は

「罪

」であるが、謙三郎は脱営し三原伝内を殺すという

「こ

の世の罪」を犯してでも、まことの愛をつらぬいた。これはお通も同じで、物語の最後で夫である近藤重隆の咽喉を喰い破って殺害し、まことの愛をつらぬいたのである。若桑氏の言葉を借りれば、彼らは「生と愛における新しき(新の)モラルを追求し、これが俗世間の律法と醐離を

生じ

たがゆえ」に死を選択し、

『「法

律」に打ち克

つ「

愛」の勝利』を手に入れたのだろう。現世では許されない愛も、天国で救済される、そんな意図を持ち、

この「十字架

」と

いうモチーフを鏡花は作中にとりいれたのではないかと考える。上記のことから、鏡花が四年間を過ごした真愛学校で学んだ

「真

実の愛に生きる心」というキリスト教精神が、その後の鏡花文学に多大な影響を与えており、鏡花文学の思想の根底に息づいていることが分かる。作中にほとんど顕著にキリスト教に関連する描写は出

ny 司lム

(6)

てこないが、鏡花の学生時代や文壇とキリスト教との関連、鏡花の他の作品にキリスト教的思想がみられることなどから、この『琵琶

伝』も他の作品同様キリスト教的精神(キリスト教的ヒューマニズム一八)に基づいて書かれていると考えてよいのではないだろうか。

四作中から読みとれる婚姻批判

『琵琶伝』は結婚の儀式である床杯の場面から始まり、当人の意向を全く無視した結婚とそれに伴って起きた悲劇が描かれる。ここからは「結婚」に焦点をあて、前述の各項目の内容もふまえつつ、鏡花が作品に込めた思いや主張を考えていきたい。まず、作中

で「

結婚」はどのように捉えられているのか、登場人物たち当人にとってどうかを見ていく。

御身と近藤重隆殿とは許嫁に有之候(中略)一旦親戚の儀を約束いたし候へば、義理堅かりし重隆殿の先人に対し面白なく、今さら変替相成らず候あはれ犠牲となりて拙者の名のために彼の人に身を任せ申さるべく

強 情をはって

結婚を承諾しないお通を結婚させるため、自ら死を選んだ父清川通知の手紙の文である。

一度

結婚の約束を取りきめたら名誉や面目の為にもう後戻りはできないことがうかがえる。

「通

、吾は良人だぞ。」

「唯

、貴下の妻でございます。」

「吾

のいふことには、汝、舵と従ふであらうな。」

「否

、お従はせなさ らなければ不可ません。」

「ふ

む。しかし通、吾を良人とした以上は、汝、妻たる節操は守らうな。」

「い

〉え、出来さへすれば破ります。」

「何

だ!」「は

い、

私に、私に、節操を守らねばなりませんと調ふ、そんな、義理はございませんから、出来さへすれば破ります!」恐気もなく言放てる、片頬に微笑を含みたり。(中略)

「応

、陀と節操を守らせるぞ。」

仕方なく結婚をして近藤の妻となったことを素直に述べたお通は、はっきりとこの結婚に対して異議を申し立てる。夫である近藤重隆は、妻のお通に

「妻

たる

節操」

を求めた。これは現代のような倫理的道徳的な次元の話ではなく、当時は

「姦

通罪」という刑法で定められており、女性は自分の意思に関係なく

「婚

姻」をさせられて法

によって支配されていたのである。

一 八

九八

(明治

三十

一)

に、明

治初

期から編纂を意図されてきた民法が施行された。

「家

制度」が制定され、あわせて戸籍法も改正されて「家」が編成の単位になった。結婚で夫の家に入る妻は夫の姓を名乗ること。(以前は夫婦別姓)夫と同居すること。妻の財産は夫が管理すること。結婚には戸主(親)の同意を得ること。配偶者のあるものの重婚を禁止。妻の姦通は離婚の理由になるが、夫の姦通は相手の夫から提訴されて有罪になった場合のみ離婚理由となること。上記のように、法的な婚姻には男女の不平等があった。このように当時の女性達は本人の意思に関係なく結婚相手を決められ、さらに自由を法によって縛られていた。そんな女性の自由を奪う社会の規則に対して鏡花は意義を申し立てたかったのではないだろうか。

- 20 -

(7)

女の身にもなって御覧、知彼田舎へ推込まれて、一年越外出も出来ず、折があったらお前に逢ひたい

一心

で、細々命を繋いで居るものの、顔も見せないでいかれちゃあ、其こそ彼女は死んでしまふよ。

これは叔母が謙三郎を説得する際に言った一言である。お通の例は極端だが、意に沿わない事を強いられる女性の立場にたってほしいという鏡花の思いが込められているように思われる。

宣しこそ、近藤は、執着の極、婦人をして我に節操をつくさしめむか、終生空闘を護らしめ、おのれ一分時も其傍にあらずして、なほよく節操を保たしむるにあらざるよりは、我に貞なりとはいふことを得ずとなし、はじめよりお貞の我を嫌ふこと、陀摘もたゾならざるを知りながら、恰も彼に魅入りたらむ如く、進退隙なく附絡ひて、遂にお通と謙三郎とが既に成立せる恋を破りて、おのれ犠牲を得たりしにもか〉はらず、従兄妹同士が恋愛のいかに強きかを知れるより、嫉妬の余、好淫の念を節し、当初婚姻の夜よりして、会をともにせざるのみならず、一

度も 来りて其妻を見しことあらざる

近藤はお通を嫁にしたいがためにお通と謙三郎の中を引き裂いて結婚することに成功するが、

二 とは二人にとっては愛を貫く尊い行為だが 迎えることなくお通を離れに閉じ込めた。謙三郎と思いを遂げるこ 人の思いの強さに嫉妬をして初夜を

、近

藤からすればそれは 不貞にあたる。その後の謙三郎の処刑によって、女性の姦通罪以前にお通は心で自由に恋人を想う事すら奪われてしまったのである。愛を貫こうとするお通、妻を家に縛り付ける夫近藤、反社会的な行為をしても恋人に会いに行く謙三郎、婚姻を成立させるために自害した父清川通知、無理やりな婚姻を不偶に思う母、引き裂かれた恋人たちのために身を捨てた伝内など、この結婚を巡って登場人物

一人

ひとりを見ても様々なドラマが展開されている。しかしここで着目したいのは、この結婚で幸せになった人が一人もいないということである。鏡花はおそちく、このような当人の気持ちの伴わない結婚が普通のこととしてまかり通ってしまう社会の「体制」に対して、強い問題意識を抱いていたのだろう。

五鏡花の結婚観

ー,ょっ“

一八九五(明治二十八)年五月、鏡花は『愛と婚姻』という随筆を雑誌「太陽」に発表している。『琵琶伝』発表が一八九六(明治

二十

九) 年

一 月

なので、『愛と婚姻』は『琵琶伝』執筆のたった半年ほど前に書かれた随筆である。鏡花は『愛と婚姻』にある思想のもと『琵琶伝』を執筆したであろうことが推察される。また、二年後に書かれた『醜婦を阿す』からも鏡花の結婚観を読み取ることができるので、こちらも合わせて見ていきたい。

まず『愛と婚姻』であるが、これは一八九五(明治二十八)年五月に雑

誌「太 陽」

に掲載された。この時鏡花はわずか二十二歳であったが、とても激しい論調の婚姻制度批判の文章を書いている。

(8)

媒酌人先づいふめでたしと、男姑またいふめでたしと、親類等皆いふめでたしと、知己朋友皆いふめでたしと、渠等は欣々然として新夫婦の婚姻を祝す

、婚

礼果してめでたきか。

完全なる愛は「無我」のまたの名なり。故に愛のためにせむか、他に与えらる〉ものは、難といへども、苦といへども、喜んで、

甘じ

て、これを享く。(中略)情死、駆落、勘当等、これ皆愛の分弁たり。

一旦

結婚したる婦人は、これ婦人といふものにあらずして、寧ろ妻といへる一種女性の人間なり。吾人は渠を愛することは能はざるにあらず、社会これを許さざるなり。愛することを得ざらしむるなり。要するに社会の婚姻は、愛を束縛して、

圧制

して、自由を剥奪せむがために造られたる、残酷、酷絶の刑法なりとす。

妻なく、夫なく、一般の男女は皆たゾ男女なりと仮定せよ。

愛に対する道徳の罪人は那辺にか出来らむ。(中略)婚姻は、蓋し愛を拷問して我に従はしめむとする、卑怯なる手段のみ。

再言す、吾人人類が因りてもて声明を存すべき愛なるものは、更に婚姻によりて得らるべきものにあら、さることを。

この随筆で鏡花が問題提起しているのは以下の二点である。

一点

目は本人の意思を欠いた婚礼の理不尽さの指摘、二点目は真の愛を 喪失した社会制度の暗黒さへの警告である。村松友視氏は『愛と婚姻』について、「『愛と婚姻』は鏡花のエッセイの出発点であると同時に、鏡花文学の核ともいうべき意識を語る点で重要な位置を占めて」おり、

「愛

の至上とそれを束縛する社会秩序への反発という構図は社会の原理を別別する鋭利な切り口」になっている、との解説をしている一九。鏡花はこの随筆において恋愛至上と反秩序を叫んでいるのである。『醜婦を阿す』

は「

文芸倶楽部」に一八九七(明治三十)年八月一-一Oに掲載された。この随筆では偽善的秩序の否定と女性美について述べられている。

希くば、満天下の妙齢女子、卿等務めて美人たれ。其意の美をいふにあらず、肉と皮との美ならむことを、熱心に、忠実に、汲々として努めて時のなほ足らざるを憾とせよ。

円Lワω

偽善的な世の中の秩序への否定と、女性美についての鏡花の考えが書かれた短い随筆である。村松友視氏は『醜婦を阿す』について、

「良

妻賢母風の偽善的秩序を否定しつつ語られる女性美の志向」は

る、 「 『愛と婚姻』の論旨と結びついて恋愛至上と反秩序を補強」してい

と述べてい

る一

一一。

『愛と婚姻』と『醜婦を阿す』の二つの随筆において恋愛至上と社会に対する反秩序を唱えていることから、鏡花が「恋愛は何よりも尊いものである」と考えている恋愛至上主義者であったことが分かる。

(9)

且... ・

/'\

引き継がれる「恋愛至上主義」

の主題

一八

六(明治

十九

)年

一月、「国民之

友」に

『琵琶伝』を発表した鏡花は、

同年二

月 に「

文芸倶楽部

」に

『化銀杏』という作品を発表している。この『化銀杏』の主題は「既婚女性を束縛する封建的社会道徳への抗議三て」であり、『琵琶伝』と類似している点が見られる。「結婚牛は「恋」に対して俗なるもの、体制の悪の象徴として扱われている。鏡花の敵対する人の心のまこ とに反する「

体制」は「国家」だけではなく、「結婚」「夫婦」という俗な関係も含まれており、『化銀杏』は愛なく無理強いに結婚させられた女の抵抗の物語である、と若桑氏は述べているで=一一。『化銀杏』において鏡花の女性 論が展開されている箇所を以下に引用する三四。

ここから『琵琶伝』と同じ主張が読み取れるだろうと思われる。

世の中は何といふ無理なものだら

う。

ただおさかづき一王をしたばかりで、夫だの、妻だのって、妙なものができあがってさ。女の身体はまるで男のものになって、何をいはれでもはいはいって従はないと、イヤふてくされだの女の道を知らないのと、

世間でいろんなことをいふ

よ。

(中略)

婦人はいつも下手について、無理も御道理にして通さねばならないといふ、毛んな勘定に合はないことツちゃあ、あるもんぢゃない。(中略) 一 体

操を守れだの、良人に従へだのといふ、提かなんか知ら ないが、さういったやうなことをきめたのは、誰だとまあお思ひだえ。

一 遍

婚礼をすれば庇者だの、離縁されるのは女の恥だのツて、人の身体を自由にさせないで、死ぬよりつらい思ひをしても、一生いやな者のそばについてなくッちゃあならないといふのは、どういふ理屈だらう。

『琵琶伝』と『化銀杏』は、どちらも人の心のまことに反する「体制」である社会のしくみ・結婚制度に対する抗議を主題としている。鏡花は「夫婦」「結婚」というものの嘘臭さ、現行の制度と人の心の道徳性の矛盾に問題を強く感じていたのだろう。『化銀杏』と比べ『琵琶伝』の方が話の長さも短くより幻想的で不可思議な世界観をもっているが、時期を同じくして執筆されたこの二つの作品は、構造や雰囲気は違っているものの、物語の根底にある主張は同じである。一八九五(明治

二十

八) 年

五月の随筆『愛と婚姻』

、一

八九五(明治二十八)年五月『外科室』、そして一

八 九

六(明治

二十

) 年

一月の『琵琶伝』

、一

八九

六(明治

二十 九

)年二

説は、歌舞伎や文その筋を確かめて読むべきではなく、その設定や きではないという論もある。るべ伊藤正も「泉鏡花という作家の小 社会的メッセージを読み取ろうとす鏡花作品の読解において、た、 まである。幻想・怪奇小説」「読しただけでは一は、『琵琶伝』 して異議を唱えたかったのであると思われる。 まず間違いないだろう。鏡花は女性を拘束する婚姻制度や社会に対 関心の高かった主題であったことはも扱っているということから、 じテ!マを何度手を変え品を変え婚姻制度という同いう短い聞に、 間とたった一年いる。べた思想に基づき次々と観念小説が書かれて 『化銀杏』で述姻』と、『愛と婚

qu 円L

(10)

楽のように、その場面の一つ一つを味い楽しむべきものと思う。」との見解を示している。だが、私はその考えに異を唱えたい

。異

空間の中で物語が進行していくのが、鏡花世界の特徴である。初期の頃の作品は

「観

念小説」

と称されることからも分かるように幻想的でな

い設定で

物語が進行しているものの、次第に鏡花独自の世界観の中で「愛」が描かれるようになる。現実の世界では法や社会の制度が邪魔をして遂げられない「真実の愛」を証明することができる場として、「異界」に物語の舞台を徐々に移すようになったのであろう。『琵琶伝』はそのような創作の流れの中では、ちょうど過渡期にあたる作品である。現実的でない描写は作品の最後の部分のみであり、その箇所も幻想なのかはたまた現実なのかグレlゾlンといったところで境界は非常に暖昧であるといってよい。今日の『琵琶伝』の解釈でこの作品を「幻想小説」たらしめているのはクライマックスの数行であるが、最愛の恋人を失ったことで精神を病んでしまった狂人の所業であるといえば、医学的に納得できないこともない。咽喉を喰い破るお通の姿はまるでホラーだが、鏡花はホラーを書きたかったわけではもちろんないであろう。それよりも『琵琶伝』はクライマックス以外の箇所は非常に現実的であり、風刺的であり、鏡花の主張に満ちている点に注目したい。読者は一読しただけでは物語の終わり方の不思議さから

「幻

想小

説」

であるとして片付けてしまいそうだが、感覚的に捉えて解釈をそれで終えてしまってよいのだろうか。

「幻

想」は物語を構成する上での形式・手法であり、「幻想・怪奇」のその奥に鏡花の伝えたかっ

た「

テlマ」

が隠れているのではないだろうか。 『琵琶伝』は、ただ単に師である尾崎紅葉の『やまと昭君』をアレンジしただけではない。当人の気持ちの伴わない結婚が普通のこととしてまかり通ってしまう現行の婚姻制度への抗議、女性を縛りつける封建的社会への問題提起をしている「観念小説」であり、キリスト教の教えによって鏡花の中に生まれた恋愛至上主義の考えが根底にある作品なのである。

おわりに

『琵琶伝』は「幻想小説」と言うよりも「観念小説」としての色が濃いのではないか、というのが今回の私の主張である。『琵琶伝』はクライマックス以外の箇所は非常に現実的であり、風刺的であり、鏡花の主張に満ちている。鏡花が真愛学校で学んだ「真実の愛に生きる心」というキリスト教精神は鏡花文学の思想の根底に息づいている。この考え方がもとになって、真実の愛をつらぬくことは何よりもすばらしいどいう恋愛至上主義に至ったのである。当時の結婚制度は男女不平等なものであり、鏡花が婚姻制度に対して批判的であった。『琵琶伝』には社会に対する鏡花の様々な考えが書かれている。当人の気持ちの伴わない結婚が普通のこととしてまかり通ってしまう現行の婚姻制度への抗議や女性を縛りつける封建的社会への問題提起をしている「観念小説」であり、キリスト教の教えによって鏡花の中に生まれた恋愛至上主義の考えが根底にある作品なのであると一言守えるだろう。

4 っω

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参考文献・資料一覧

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女性学事典』(岩波書底、二OO二・六・二十) 泉鏡花

美と

幻想』(有精堂、

一九

九二・ 一作家が時代や世相から触発された観念を明白に具象化している小説のこと。特に、日清戦争後に現

れた、

社会の不合理を描いた作品群を指す。「観念小説」

とい

う言葉は島村抱月の「小説を読む眼

」(

読売新聞」一八九五・八・二十六)が初出同年の一八九五(明治二十八)年九月、坪内誼遥が『時文月旦』(「早稲田文学」九月号)でその定義を承認したことで文壇に定着した。泉鏡花の『夜巡査』『外科室』川上眉山の『書記官』

て』などが観念小説の代表作としてあ

現実にあり得ない一-超自然的な怪異や別世界など、 こぞ学界」などの雑誌が、ってその作柄に注目した。 る。嶺雲主催の「青年文」をじめ「帝国文学」「国民之友」「文

こと。日本における幻想文学は、上回秋成一が中国の小説を取 れる事象をう文学の

り入れ

つつ日本古来の幻想性を描いたのが始まり。明治後期から大正にかけては、近代化に向かう圧倒的な時代の流れの中で泉鏡花が築いた独自の世界観は日本の幻想文学の頂点だとされる。二O世紀にはシュlルレ

庫」第一九号「文一一八八九(明治二二)年 っている。と広が幻想文学の遺産は児童向けファンタジーや∞吋へある。 な位置マイナーたものの以前として幻想文学はて捉えられとしが創作の源泉 「幻想」や「夢」ってによ 歌曲と賓白(せりふ)からた、に成立し五元末から明初 八一六年成立。時期の作品。「長恨歌」と並ぶ感傷詩の代表作。された 白居易が江州の司馬に左遷持情詩。八四六)の長編四中国の詩人白居易(七七二一 全四回。織筆耕」欄に連載。 月五日)の「心第二三号(七月五日)1(四

の長編で、文辞もよく洗練されてお 中国の古典劇。四二幕 り、

南方系の楽曲を基調と

名がつけられた。 ムに琵琶のろからオウ慰めるとこ馬上で琵官を弾き自分を強いられた例、婚を た文学作品は晋の『漢宮秋』などが有名。元の明君辞』、『王にし故事を題材 このの故事。女性である王昭君についてだ悲運の六紀元前三三年に旬奴に嫁い 三O五二三八O)明(作者は高されている。傑作と 南戯の最高

新潮日本文学アルバム二二泉鏡花』(新潮社、一九八五・一0・二五)、「硯友社徒弟時代」の記述より。

年二月一O日)の評価。 琵琶伝』の同時代評である、青年文記者『琵琶伝』(「青年文」一八九六

琵琶伝』の同時代評である、桂月『青年小説を読む』

幻想の倫理』(増補沖積社、一九九二・一一O脇明子 九六年三月一O日)の評価。 ( 「帝国文学」一八

Fhu つム

一・三O)、鏡花とい

(12)

う世界」より。初出一「太陽」、一八九六(明治二九)年一月ガマの穂のよ

うな

、赤みがかった黄色。一罪を犯して縄で縛られること。

罪人

としてと

らわ れた

人のこと。この場面では謙三郎が捕縛されている。一凶日清戦争の旅順攻略の際、市内及び近郊で日本軍が清国軍敗残兵掃討中に旅順市民も虐殺した事件。日本軍死傷者に凌辱的行為をったことに対し敵討ち的感情を抱き、軍服を捨てゲリラ的に戦う兵士と住民の区別がつかず第一次の掃討を

た。第二段階の掃討は捕

虜をと

るということをせず殺害に重きをいていた。被害者数は日本の研究では二0001六000名とぱらつきがあるoei「北陸英和学校」は一八八五(明治一八)年の一月から始ま

、校舎は金沢市

広坂通りにつくられた。六一八八三(明治一六)年二月から一八八四(明治一七)年の一二月まで金沢市殿町五六番地にあった。鏡花の生家は下新町二三番地であるため今町と尾張町の二つの通りを横切るだけである。じ宣教師ゼi・ピl・ポlトル。学校で教

鞭をと

るかたわ

沢市の金屋町でキリスト教の講義所を聞く。八校長の妹、ランシイ|ナ・ポ

lト

ル。兄を助けて講義所で伝道に当

いた。ミス・ポlトルに聖母

的信仰の対象である亡き母の面影を重ねた鏡花はミス・ポ!ト

ルをと

ても慕っていた。鏡花の小説でモデルとして登場る。『名媛記』の

、『一之巻』1

『誓之巻』のミリヤアド、『町双六』の馬上の女教師など。九村松定孝『泉鏡花研究く増補版〉』(日本図書センター、一九九二・一0・二五)より。。初出一「活文壇」、一九OO(明治三三)年一月

水楼主人の名で掲載。初出入文芸倶楽部」、一八九六(明治二九)年五月i一八九七{明治三O)年一

月までの連作。

初出入

新小説」、一九一七(大正六)年ョ一初出一「文芸倶楽部」、一八九五(明治二八)年六月

一(明治四)年四月一O日 一五日本葬送文化学会によると、日本で最初の陸軍基地が建設されたのは一八七 一 四両手を後ろ手に縛って顔を前方に差し出すこと。

、大阪の真田山陸軍墓地が最初敷地は八四九

七坪

当時は土葬で座棺を使っていたので一人一坪として八OOO人以上のスペー を確保していた。墓地内には招魂社も設置され

体の埋葬と霊の埋葬という両面からサポートしていたことも分かる。陸軍墓地が建設される前の戊辰戦争の頃などはその場その場で埋葬していたそうである。埋葬法は時代とともに変わり、一八九四年の日清戦争時は火葬して埋葬

規則が出来た。一九O四年の日露戦争時には戦場掃除および戦死者埋葬規則が制定され

方は火葬し敵は土葬した。六村松定孝『泉鏡花研究く増補版〉』(日本図書センター、一九九二・一0・二五) の「

花とキリスト教」に記述あり。『名媛記』『一之巻』1『誓之巻』『町双六』『海域発電』など。七若桑みど「鏡花とプロテスタンテイズ」(『群像日本の作家五泉鏡花』、学館、一九九二・7一O)-八村松定孝「鏡花とキリス

ト教」(『

泉鏡花研究増補版』日本図書センター、一九九二・一0・二五)より。既成のモラルを越えようとという戦い

を自ら

の作品で試みるに至った理由はほとんど悲願ともいうべきもの。が鏡花に観念小説を構想させたロマンティシズムの正体でありを村松氏は「キリスト教的ヒューマニズム」と名付けた。

村友視編『作家の随想三泉鏡花』

(日

図書センター

九九六・九・二五)巻末の解説より。一一O松村友視編『作家の随想三泉鏡花』

(日

図書センタ

ー、

一九九六・九・二五)収録『醜婦を町す』本文より引用。J一注コ二に同じ。

一手塚昌行「鏡花文学の変容」(『論集

泉鏡花』、有精堂、一九八七)一一一若桑みど「鏡花とプロテスタンテイズ」(『群像日本の作家五泉鏡花』、学館、一九九二・一・一O)一一四『化銀杏』の十の段より引用

も床杯の描写がある。 一一五婚礼の夜、新夫婦が寝所で杯を取り交わす床杯の儀式のこと。『琵琶伝』に て一連のお貞のセリフ。

氏U円ノ臼

参照

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